翻訳:Jerusha Buckland, Iggy Holland, Fangyu Li, Sara Sharma-Tachibana, Chia-Yu Yeh
監訳:飯塚 俊太郎(Shuntaro Iizuka)
日豪の二国間関係は、戦後の豪州外交の中で大成功の一つであると言っても過言ではない。豪州にとって日本との関係は最も重要であり、またアジア諸国との二国間関係の中で最も長きにわたるものの一つだ。日豪関係は、総じて、緊密かつ成熟した仲にあり、双方に利益をもたらす重要性を持つものと言えよう。それ故に、日本は豪州の政策形成に深い影響を及ぼしている。1957年の「通商に関する日本国とオーストラリア連邦との間の協定」(いわゆる「日豪通商協定」)を基軸に、日豪関係は、貿易関係を中心としつつ、安全保障と地域協力に焦点を当てた多面的な関係として発展してきた。
また、両国は安全保障面において米国に依存するとともに、自由貿易、法の支配、民主主義、人権を促進してきた。このような価値観を共有する日豪政府は50年間にわたり自由貿易協定、支援・開発プロジェクト、海賊行為や気候変動の対策などの非伝統的安全保障及び経済安全保障を含んだ多様な分野で連携し続けてきた。
捕鯨に関する見解の相違や、2016年の潜水艦開発契約をめぐるごたごた((訳注:当初、日本ではなく)仏国が契約を取ったこと)などはありながらも、日豪関係は近年ますます強化されてきた。その主な理由は南シナ海における中国の領有権の主張や、それが米国のインド太平洋に占める地位を脅かしていることによる。だが、豪州内で日豪の政治的関係が十分に注目されているとは言い難い。確かに、中国との複雑な関係や、ワシントンでの政治の停滞、それらが豪州に及ぼす影響といったトピックが国際政治紙面の見出しの多くを占めているわけで、日豪関係の進展の重要性がメディアに着目されないのも仕方のないことかもしれない。
日豪関係を取り上げるニュースが少ないのは、その関係性の安定性や、国・地方双方のレベルにおける交流の根強さなどによると言えよう。この60年間、二カ国関係の運営は、日豪両国双方の外的要因と国内優先事項次第で、「非常に活発な」時期もあれば「不活発的な期間」もあった。ときに現状に満足する傾向も垣間見えた。とはいえ、近年は、日豪両国ともインド太平洋において米国が中国に対峙するパワーとしてあり続けることを望んでいることにより、日豪関係が大幅に強化され、相互安全保障の懸念に基づいて、新たな「非常に活発的な」段階になっている。
強固となった安全保障関係
豪州と日本の間の政治・安全保障問題に関する協議と協力は、基礎的なところから始まり、中国がインド太平洋の現状への脅威として現れる前から徐々に進展してきた。アドホックな安全保障協議は1960年代初頭に始まり、その後の数十年間で徐々に増えた。1990年代までには防衛駐在官・駐在武官が相互に派遣されるようになり、また、豪州は、日本のカンボジア(1992-93年)と東ティモール(2002年)での国連平和維持活動を支援した。両国間の政治的・安全保障上の関係の発展を加速させた要因は、2001年9月11日の米国へのテロ攻撃(いわゆる9.11)であった。 そして、安全保障協議が、貿易の補完性と強力な政治的結びつきに基づく緊密な二国間関係を更に強めていくこととなる。様々な二国間協定、覚書、合意が取り交わされた後、2007年の「安全保障協力に関する共同宣言(JDSC)」に至った。特筆すべきことに、豪州は、戦後、日本が安全保障協定を組む二番目の国(米国に次ぐ)となった。この安全保障協定は、安全保障関係を拡大するための基礎を提供しており、 閣僚級での年次協議(国防大臣(防衛大臣)および外務大臣による「2 + 2」の協議)や軍事的協力の強化が含まれる。ただし、従来の意味での条約ではない。たとえば、攻撃の場合の軍事支援の規定はない。代わりに、協定の焦点は、難民危機、環境災害、人道問題と開発問題への対処といった非伝統的安全保障にある。この協定は両国双方に適しており、また、自衛隊の役割を制限する日本国憲法の第9条を持つ日本にとって不可欠だ。
これには、「米日豪三国間安全保障対話(TSD)」として知られる米国との三国間関係の進展も関係する。TSDは、2001年7月に豪州のアレクサンダー・ダウナー外務大臣によって提唱され、当該地域におけるテロとの闘い、また既存の安全保障関係を強化することを目的とするものだ。2002年以降開かれてきた年次協議を通じ、米・豪・日は協力して、各国の軍事力間の相互運用性を強化している。例えば、合同訓練や諜報情報の共有活動だ。このプロセスを通じて、三カ国間における軍事や諜報に関するコミュニケーションの合理化が可能になった。
JDSC以降のこの15年間、日豪間の安全保障体制が定期的に見直されてきたことで、豪州と日本の間の緊密な協力が進み、ミーティングや軍事訓練(豪州内を含む)も頻繁に行われるようになった。2020年11月、日本との関係は「特別な戦略的パートナーシップ」へと進展した。この用語が示すように、両国の間には、緊密な協力関係があり、会議や軍事訓練(豪州内を含む)もかつてない規模で行われるようになっている。トマス・ウィルキンス曰く、「特別な戦略的パートナーシップ」の機構による二国間協力は、豪州と日本の外交、経済、安全保障政策の「備品」として定着した。数年にわたる交渉の後2022年1月6日に署名された「日豪円滑化協定( RAA)」は、こうした進展をより強固なものとした。この歴史的な合意により、豪州と日本の兵士は、円滑に共に活動できるようになった。日本が米国以外の国とこのような合意を締結したのは、これが初めてだ。
重大な懸念材料としての中国
近年における安全保障対策強化の主たる動機は、紛れもなく、インド太平洋地域において米国の勢力に対抗しようとする中国に関する懸念である。世界における経済的影響力を持つ国となった中国は、グローバル経済を変革させ、米国の競争相手としての立ち位置を確保した。南シナ海と東シナ海における中国の領土主権の主張や、インドと中国との国境における軍事衝突は、価値観を共有し中国に対峙しようとする国々の協力をさらに促し、中国がアジア太平洋地域での活動と影響を抑制することにある程度つながっている。
この状況に対し、日豪両国は、南シナ海の航行の自由や「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)のための新たなプラン」を促進するため、米国との連携を増強するようになっている。さらに、既存のネットワークに新たに安全保障対策の層が加えられたことで、両国関係はより高まり、二国間および多国間の安全保障対策が拡大している。主要な例として挙げられるのは、「米日豪三国間安全保障対話(TSD )」が、インドを含む「日米豪印戦略対話(Quad/クアッド)」へと拡大されたものだ。クアッドはもともと2007年に創設されたが、中国を逆撫でしないよう翌年に瓦解した。その後、中国が米国の競争相手として立ち現れたことで2017年にクアッド(2.0)が再結成された。最近メルボルンで開かれたクアッド会議/第4回日米豪印外相会合では地域の安定に関する懸念が明確に表明された。
このような状況にもかかわらず、日豪政府の中国に対する姿勢には、大きな違いが見て取れる。豪中関係が過去にないほど悪化していく一方、2014年以降、日本と中国の政治的緊張は和らぎ、外交関係も徐々に改善してきている。未だに解決されない太平洋戦争の負の遺産や魚釣島/尖閣諸島の領有権問題があり、また日本と米国との関係が親密化しているも関わらず、だ。あまり良くなかった日中関係を、実利的で、かつ中国指導者との円滑なコミュニケーションを基盤にしたものへと変えたのは、日本の断固たる外交上の努力に基づくものである。特筆されるべきなのは、コロナ禍での制限や、日本のクアッドおよび「自由で開かれたインド太平洋」に対する支持表明といった状況下でも、閣僚レベルでの対面会合を通じ、韓国を含む3カ国の地域的な包括的経済連携協定の拡大・強化が実現したことだ。この協定は、完全に実行されると世界最大の自由貿易協定となる。日本政府が中国との友好的な関係を維持したい主な理由は、二国間における経済的な実利にある。この実利的アプローチは、実際に大きな利益をもたらしており、昨年度の報告によると、中国は米国を超え、日本の最大輸出相手国となり、日本の全輸出量の22.9%を占めている。
しかし、未だに続いている領土紛争や中国が台湾に侵攻する脅威など、ここ数年来の中国のアグレッシブな姿勢には、日本政府もますます頭を悩ませている。中国と台湾の「本格的な武力」戦争の可能性は、政府首脳にとっての大きな懸念だ。台湾は日本の領域に近く、もし台湾有事ともなれば、米軍は沖縄にある軍事基地を使い台湾を支援する可能性があり、日本を戦争に巻き込む恐れがあるからである。2021年7月の国会答弁で麻生太郎副総裁が指摘したように、そのような状況になれば日本の存続を脅かす事態になりかねない。
日中間の経済連携や商業的つながりに焦点を当てた懐柔的な態度と、中国に対する強硬な対応の間とを揺れ動く政策は、当時の安倍晋三首相の考案によるものだ。短期間の前任者である菅義偉と同様に、岸田文雄首相もこのアプローチを維持しており、(安倍首相の弟である)岸信夫防衛大臣を含む対中強硬派を閣内に留任させている(訳注:原文執筆時点。 実際、2021年11月初めの選挙では、岸田氏は12議席しか落とさずに勝利し、自民党・公明党連立政権が国会で安定過半数を維持している。したがって、防衛費の増額(防衛予算をGDPの2%に倍増することを含む)を推進し、係争中の東シナ海における中国の侵略的立場を考慮してより厳しい軍事姿勢をとる使命が与えられたことになる。 自民党内の親中派の出身である岸田氏が選挙でこれらの方針を掲げ、国会である程度の成功を収めたという事実は、中国に対してより強硬姿勢を取ろうとする一般国民と政治家たちの決意を反映している。
2022年における日豪関係に関する重要な話題
1. 平和を促進するためのクアッドの活用
クアッド2.0は、軍事的結びつきを強化するだけでなく、日豪の強みを生かした非伝統的安全保障の機会を提供する。主な例としては、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)との戦い、気候変動、インド太平洋地域における重要技術の支援などの対策がある。これらの政策は、日豪両国の地域外交に馴染む前向きで建設的な色合いを打ち出している。従来なかった安全保障に焦点を当てる限りにおいて、日豪両国は、中国と敵対したり、安全保障上の緊張を高めたりしないよう慎重を期してきた。ワクチン外交は、パンデミック中における明確な優先事項であり、中国とのワクチン供給の競争が生じているにもかかわらず、クアッド諸国を前向きに位置付けている。さらに気候変動は、中国が競争相手ではなく、協力相手である分野の好例である。これら3つのイニシアティブは、併せて、中国を包摂する環境を構築し、他国がクアッドに対するためらいを捨てることに説得的に作用することだろう。
2. 中国の環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)への参加
中国が環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)に参加を申請したことは、日豪両国が中国に対して包摂的であるためのもう一つの機会となろう。ただ、元々中国の経済力に対抗するための自由貿易の枠組みとして構築されたCPTPPに中国が参加することで、CPTPPの枠組みや政策の方向性が変わるのではないかという懸念が生じている。現在、TPP加盟国(豪州と日本を含む)が申請を精査している。日豪両国は、中国が、情報の透明性や外国企業と国内企業との内外無差別化といったCPTPPの定める規定を遵守することを望んでいる。豪州政府関係者も、中国が豪州に対して実施している貿易禁輸を終止し、閣僚協議を再開する必要があると強く主張している。日本が中国の参加を支持する一方で豪州は支持しないという可能性があるかもしれず、これは二国間関係における緊張要因となり得る。日本の対中経済関与政策と、豪州と北京の関係が下降線をたどっていることを考えれば、このような事態も十分にあり得る。中国と似たような経済的特徴を持つベトナムが特別条件付きながらもCPTPPの加盟国であることも、中国が加入する可能性をより現実的なものにしている。日本政府とオーストラリア政府が足並みを揃えて中国の加盟を後押しすることが理想的だ。そうなれば、不和と協力の双方を許容する中国への新たな戦略の一環として、豪州がより慎重な手段を示すことになろう。このようなアプローチはまた、コミュニケーションと規範設定のための手段を増やす戦略の一環として、中国を地域問題に関与させたいという両国の望みにとって有益であろう。
3.日本とAUKUS
中国との関係は徐々に回復に向かっているとは言うものの、秘密裏に作られた上で2021年の9月に大々的に発表された米・英・豪の安全保障枠組み(米英豪安全保障パートナーシップ/AUKUS)は、当該地域情勢における中国の影響に対峙する上での安全保障上の対話をさらに強化するものである。第一回目の会議の主な項目は、仏国の会社との潜水艦の取引を破棄し、英国と米国の技術で開発される原子力潜水艦に置き変えるという豪州の決定だった。言うまでもなく日本政府は公式にAUKUSを是認している。それは、AUKUSが米国による当該地域へのコミットメントを改めて強調しているとともに、英国を豪州とともに積極的なパートナーとして位置づけているからだ。仏国の会社との潜水艦の契約がこのような冷酷かつ不手際な方法で破棄されたことを考えれば、日本の政府関係者はおそらく2016年に自国の潜水艦入札が失敗したことに安堵しているに違いない。
AUKUS に対して、東南アジア諸国からは、制定過程から外されたことへの懸念や、地域で軍拡競争される可能性があることから、複雑な受けとめ方がなされている。日本がAUKUS を支援し、熟練した外交技術とエリート層のコネクションを通じ、他国を議論に誘うのは大きな貢献となるだろう。米国の近しい同盟国であるとともにクアッドの一員である日本が、当該地域との強いコネクションを通じ、AUKUS と東南アジア諸国との橋渡し役になるのはあり得ることだ。具体的には、日本の外交官が、東南アジアで価値観を共有する国々同士のコミュニケーションと対話を制度化するのを手助けすることが考えられよう。
しかし、日本政府関係者は、AUKUSのために、東南アジアで多くのことをすることには消極的かもしれない。防衛や安全保障分野の専門家の当初の反応では、いかにAUKUS が英米連合を強調するものであり、いかに(訳注:日本や他国にとって)そこから排除されているという心境を生み出すか、ということが強く語られていた。日本は、米国および豪州と緊密な安全保障関係を築いており、英国との二国間防衛関係も長く続いていることから、将来的に AUKUSに加入することも可能かもしれない。しかし、潜在的な障壁となるのが、第三者への機密情報の漏洩問題だ。日本の政界や官界でよく起こる問題である。このことは、今まで日本がファイブ・アイズ情報機関の枠組みへの加入を希望する上で、妨げとなってきた。
4.新たな方向性:気候変動とゼロ排出量の目標における協力
気候変動および二酸化炭素排出量実質ゼロといった目標に関する二国間協力は、日豪パートナーシップの新たな方向を示す実例である。日本は、2050年までの二酸化炭素排出量実質ゼロ目標の一環として、2030年までに排出量を46%削減するという表明をしている。この表明は、豪州の石炭火力発電所への依存を減らし、輸出商品としてのクリーン水素を開発するイニシアティブを補完するものである。
両国ともこれまで気候変動への取り組みをリードしてきた国ではないが、クリーン水素の可能性を探るべく、2020年1月に、両国の首相は、2030年までにクリーン水素を日本に100万トンを輸出するという合意に署名した。この合意は、どちらの政府にとっても、目標を果たすために真剣に取り組むことを促すプレッシャーになると言えよう。このような輸出は2050年までにオーストラリア経済にAU$260億ドルの利益をもたらすと予測されている。それは豪州における石炭からクリーンエネルギーへの移行を意味し、二国間貿易と豪州の経済の再構築という点で、大きな潜在力を持つ。特筆すべきは、豪州と日本が、2022年1月に、クリーン水素に関する協力の枠組みを拡大し、温室効果ガスの排出量を減らすための革新的な方法として地域の国々を奨励するために、金融財政面でのインセンティブを盛り込むことにしたことだ。
最後に
過去15年間、日豪関係は政治・安全保障の面で著しく進展した。定期的な二国間の対話、(米国との)三国間関係の対話、そして(インドと米国との)四国間関係の対話を通じ、各国間の安全保障コミュニティー同士の相互理解が深まった。日豪円滑化協定(RAA)を通じ、豪州軍と日本の自衛隊は、過去の世代では有り得ないほど高い相互運用性を持つようになっている。
重要なことは、日豪の安全保障上の結びつきが急速に進展してきた背景に、日本政府と豪州政府双方において、相互の国の安全保障及び外交に関する政策決定プロセス上、パートナーシップが重要な要素であることが認識されている点だ。この点において、二国間関係の深さは、日本が、安全保障協力に関する合意(2007年)と相互アクセス協定(2021年)を豪州と締結したことに象徴的に示される。豪州以外で、日本がこのような協定を締結した国は米国だけだ。今や、両国の経済的な結びつきの強さに加え、安全保障上の結びつきも強い。
さらに注目すべきは、日本は安全保障のために米国に依存しているにもかかわらず、中国との外交対話と大規模な貿易関係を維持することに成功していることだ。 日本のモデルは、豪州にそのまま当てはまる訳ではないが、将来、豪州が中国との新たな関係を構築する際、大きな意見の相違がありつつも、外交的な対話、貿易、そして相互に関心のある重要な地域問題で協力できる可能性を示している。
最後に、豪州と日本の関係は多面的であり、気候変動や排出ゼロ政策における協力が示すように、相互利益の範囲はますます広がっている。これは、相互補完性と相互利益に基づく自然体のパートナーシップであり、困難な時期にも耐え得たものであった。このような共通点から、日豪の二国間関係は、おそらく今後何十年にわたっても発展し繁栄し続けることだろう。
Image: Australian Prime Minister Morrison and Japanese Foreign Minister Hayashi, Melbourne, 2022. Credit: US Department of State/Flickr. This image has been cropped.